日本の肉食禁止令
最終更新日
2026-04-07 15:08
肉食禁止令は、675年の天武天皇の詔に始まり、1872年に明治天皇が解禁するまで約1,200年間続いた、日本における肉類摂取を制限する慣習である。
仏教の殺生を禁じる思想と、農耕社会における家畜保護の目的が結び付いて形成され、日本が和食と呼ばれる魚介類と野菜を中心とした独自の食文化を発展させる決定的な契機となった。
歴史的な施行と展開
発令の起源:675年、天武天皇は仏教の慈悲思想に基づき、牛、馬、犬、猿、鶏という5種の家畜を食用とすることを禁じる最初の詔を発した。
社会への定着:当初は農繁期に限定された一時的な禁止であったが、その後の天皇が定期的に詔令を更新したことで、肉食を「穢れた行為」と見なす禁忌の文化が社会全体に根付いた。
仏教と神道の影響:殺生を避ける仏教の教義と、血を穢れと見なす神道の観念が結び付き、肉食は宗教的・道徳的な罪悪と見なされた。
禁止対象と例外規定
厳格な禁止対象:農耕の要である牛と、交通手段である馬は、食用が最も厳しく禁じられた。
迂回的な摂取:禁止令を避けるため、イノシシを「山の鯨」、シカを「紅葉」と呼び、薬用という名目で野生動物を食べる慣習が存在した。
鳥類と魚介類:鶏は時を告げる神聖な鳥と見なされて忌避された一方、殺生に対する罪悪感が比較的薄い魚や貝類は禁令の対象外となり、日本の魚介料理が発達する基盤となった。
社会的な結果
植物性タンパク質の発達:肉に代わるタンパク質を補うため、豆腐、醤油、味噌、納豆など、大豆を用いた発酵食品の技術が飛躍的に発達した。
近代における解禁と変化
明治維新の決断:1872年、明治政府は欧米列強に対抗できる強健な体を育成するため、肉食の禁止を正式に解除した。
天皇による試食:肉に対する国民の恐怖心を払拭するため、明治天皇が自ら牛肉を食べる姿を公に示し、肉食を積極的に奨励した。
料理の誕生:肉食解禁の直後、牛肉の鍋料理である「牛鍋」が文明開化の象徴として流行し、これが現代のすき焼きへと発展した。
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